kikkiiのブログ

ひきこもり

短く健やかに短く啓示的に...

 おそらく、たぶん、おもう、〜だろう、〜かもしれない、などの言葉を挿入してしまってスパっとものを言い切ることができないとき、あなたの知識は足りていない。だとしたらググレカス、もしくはあやふやな部分をなくすために調査や実験をして、決定可能な箇所は決定すべきだ。言い切れないことからくる無駄な不安が文章から削除し、筋肉質な肉体をつくるなら、文章は短く健やかになる。

 しかし、根拠を持って何かを決めようとすると、細部の記述や理由を述べる必要性が現れ、言葉はむしろ増えていく。だらだら細かすぎるのは、惰性で生きている人生みたいで、美しくない。人間は必ず死ぬのだと知っているなら、時間がない、暴れろ、些事は捨てろ、もがけ。細かすぎることを破棄しよう。大事な部分だけを抽象したり比喩をつくるれたなら、文章は短く啓示的になる。

 このどちらの意味でも、文章を短くすることは、詩の価値感の中にあるものだ。詩人は若くして死に、詩とは短くて美しいものだ、と私たちは知っている。音楽と詩が重なったヴェン図がどんな霊感なのか、日々音楽を聴いて私たちが知っているのと同じことだ。素晴らしい音楽や言葉に喜んで洗脳されている、と言い換えてもいい。ニューロン脳内焼きじゅじゅじゅいいいい…


 これを書いているとき聴いていた曲。一昨日からこの曲を繰り返し聴いている。離れられない。

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